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弁護士コラム

15
December
2017

旅と俳句

執筆者 : 池田 忠正(忠山)

 大変ありがたいことに、これまで、役目柄、行事参加のために出張したことが多かった。そのたびに、できるだけ、公式観光を含め、行事の翌日を旅先の観光めぐりに充て、各地の自然と歴史に触れてきた。

 その行事とは、大まかに、平成14年度は会長として各種大会に、平成20年度は関弁連理事長として十県会訪問や、ブロック弁連大会に、また、会長退任後は、副会長5人と共に、一昨年まで、人権大会、日弁連総会、関弁連大会などにかこつけて、更には、毎年2回の民暴対策大会などがそれである(今年7月の民暴対策大会は、金沢で行なわれたが、それは、昨年就任した公益財団法人神奈川県暴力追放推進センター理事長の立場で、はじめて参加した。)。

 仕事以外には、地元の奉仕団体の仲間との年4、5回の「歩こう会」というミニトリップや、俳句仲間との年5、6回の吟行会などがある。

妻と共に「歩こう会」のミニ登山

 それぞれ各地の自然と歴史に触れることで、自ずと俳句の句材がストックされ、17音の調べが詩となって、俳句のかたちに生まれることになってゆく。その場でかたちになることもあれば、その後、数週間後、数か月後、更には、同じ季節がめぐる1年後または数年後に、ようやく納得するかたちに成り立つこともある。

 そして、そのように、五官と五感をめぐらす時間と空間の中に、浮かび、かつ、蘇える光景には、どこか懐かしい季節感に支えられて、飽きるということがない。時の経つのにも気づかない。

 ところで、カメラによる画像は時間が停止するが、俳句は、過去を含め、1日の時間や、歳月の時の移ろいまでも映し出す。絵画にも言えることかも知れないが、俳句は、しっかりとした写生が基本である。そこに少しだけでも抒情が滲めば味わいが加わる。その証しとなっているかどうか、甚だ心許ないが、さしあたり、10句を掲げてみたい。各地を示す固有名詞は消してあるが、季節感さえ共有して下さるのであれば、詠まれた場所の詮索はどうでもよく、読者の読みと想像におまかせしたい。俳句は発表された途端に、たちまち、ひとり歩きしてゆくのを、作者は止めることができないからである(なお、カッコ内は、参考として、季語と季節を記した。また、俳句は、古来から縦書きがいのちであるから、興味のある方は、縦書きに直して1句を眺めてみることをお勧めする。きっと違った感触や風景に気づくに違いない。)。

  • 囀りと空をひとつに風見鶏(囀り・春)
  • 内浦へ香りもなだれ花みかん(花みかん〈みかんの花〉・夏)
  • 五月雨(さみだれ)や山河かたむく川下り(五月雨・夏)
  • 箸置も箸も青竹夏料理(夏料理・夏)
  • 暮れてなほ山路は蕎麦の花あかり(蕎麦の花・秋)
  • 黒煙が引つぱる汽笛豊の秋(豊の秋・秋)
  • 風紋のうへに風紋鳥渡る(鳥渡る・秋)
  • ゴンドラは空の方舟(はこぶね)紅葉山(紅葉・秋)
  • 冬めくや杜に散るもの落つるもの(冬めく・冬)
  • せせらぎは水の組曲春隣(春隣・冬)

 ここからは宣伝めくが、小田原が生んだ偉大な俳人「藤田湘子」を記念して、全国規模の第2回俳句大会が、下記のとおり、開催される。藤田湘子は、水原秋櫻子門下で、50年ほど前に全国規模の俳句結社誌「鷹」を創刊した(代表句の一つ〈愛されずして沖遠く泳ぐなり〉は、小田原市南町の小田原文学館に、その句碑が建っている。)。この大会の第1回は、没後10年を記念して2年前に開かれたが、小田原市民会館大ホールを埋め尽した。後継主宰は、今を時めくサラリーマンの小川軽舟(最近の代表句に〈死ぬときは箸置くやうに草の花〉がある。)である。大会の主催は、小田原市、「鷹」、小田原俳句協会の三者。小生も、軽舟らと共に、事前投句(2句に限る。)の選者5人のうちの1人になっているので、興味のある方はご応募を。投句用紙つきのパンフレットは、小田原駅徒歩3分の「UMECO(ウメコ)」入口脇に置かれているので、それをご参照。

(第2回藤田湘子記念小田原俳句大会)
〇日時 平成30年4月14日(土)午後1時(投句締切日は同年2月11日)
〇場所 小田原市民会館大ホール

熱海の薔薇園にて

 さて、最後に、それでは日常の仕事はどうしているのか、と問われそうなので、白状する。心も、頭の中も、かける時間も、さしずめ、仕事5割、俳句5割といったところであるが、74歳の今、これからはどうなってゆくであろうか。

園遊会にて

執筆者情報

弁護士名 池田 忠正
事務所名 池田忠正法律事務所
事務所所在地 〒250-0012
神奈川県小田原市本町2-13-2
TEL 0465-22-8778
FAX 0465-22-8780
29
November
2017

西郷どん!!

執筆者 : 米積 直樹

 私が平塚の地で開業し間もなく2年が経とうとしております。今回は私の出身地についてお話しさせていただきます。HP等の自己紹介でも触れていますが,私は九州の鹿児島県の出身です。

 みなさんがいだく鹿児島県のイメージはどのようなものでしょうか。
 例えば,「鹿児島県民はみんな西郷さんが大好きだ。」。
 その通りです。大好きなんです。
 鹿児島県民は西郷隆盛のことを「西郷(せご)どん」と呼んで敬慕しており,その逸話に触れる機会も多いです。小学生でも「敬天愛人(けいてんあいじん)」という西郷の座右の銘を知っています。
 西郷が明治維新において薩摩藩の中心として振るった政治的手腕はもちろんですが,茫洋としてどこまでも大きいその人格的な魅力や,西南戦争において,薩摩隼人達の刹那的な蜂起に身を委ねたその悲劇的な最期が人々を惹きつけるのでしょうか。

 鹿児島市立美術館近くには,高さ8メートルにも上る西郷の銅像が昭和12年に設置されており,鹿児島県民の暮らしを見つめています。鹿児島土産も西郷にちなんだものが非常に多いですね。
 一方で明治維新における薩摩藩のもう一人の巨頭である大久保利通に対しては,鹿児島県民は少し冷めた視線を送っているように思います。倒幕から新政府樹立,新政府における内政機構の整備に果たした貢献からすれば,日本史上最大級の政治家と評価されてもおかしくないと思いますが,やはり西郷と敵対し,死に追いやったという思いの方が強いのかもしれません。大久保の像も鹿児島市内にはありますが,設置されたのは昭和54年(!!)です。お土産も,,,,正直見たことがないです。

 このように最終的に袂を分かち,県民から抱かれる思いも異なってしまった二人ですが,少年の頃からの無二の親友であり,幕末から明治という時代の転換期にまさに中心となって活躍したことは,今も変わらぬ鹿児島県民の誇りであることは間違いないです。
 折しも,2018年の大河ドラマの主役が西郷隆盛となり,鹿児島県はまた盛り上がりを見せています。特に西郷・大久保という二人の関係をどのように描いてくれるのか,私もとても楽しみな思いでいます。
 この放送を機に鹿児島を訪れる方が増えると嬉しいですね。幕末史がお好きな方にはとても見所が多いですし,良質な温泉も豊富です。焼酎の種類が豊富なことはもちろんのこと,黒毛和牛に黒豚,さつま地鶏と肉類は何でもござれです。

 そして桜島です。常に噴火警戒レベル3という活火山ですが(観光に危険はありません。念のため。),噴煙を上げる勇壮なその姿は,鹿児島県民の日常に溶け込んでいます。

 晴れた日には、鹿児島湾(別名,錦江湾といいます。)の海面に反射した日差しが、桜島のゴツゴツとした岩の山肌に,まさに錦のように映り込んで青みがかり、非常に美しいです。

 私が故郷のことを思い出すときまず浮かぶのはこの風景であり、ぜひ多くの方に見ていただきたいと願う風景でもあります。
 どうでしょう。鹿児島,行ってみたくなりませんか。

執筆者情報

弁護士名 米積 直樹
事務所名 青木・米積法律事務所
事務所所在地 〒254-0034
神奈川県平塚市宝町12-1 麻生ビル201
TEL 0463-73-5955
FAX 0463-73-8936
10
November
2017

地引網レポート

執筆者 : 高野 剛

 今年の5月20日土曜日、県西支部内部の親睦イベントとして地引網体験が行われ、それに参加しました。イベント企画者に属しましたので、以下の文章は企画者の視点です(もっとも、イベントの途中からそんな意識は無くなりましたが)。

 さて、地引網当日になるまでは、当日に雨が降らないか、天気は良くても海が荒れて地引網が中止にならないかなど、心配ばかりしていました。しかし、幸いにも当日は晴天に恵まれました。

 地引網の会場は、二宮町の海岸です。予定では午前10時に網を引き始める事になっていましたが、少し早目の午前9時頃に海岸入りしました。

 会場について早速海を見てみると、波も高くないし「いい感じ」です。この時点で「県西支部グループよりも先に網を引くグループに、魚を全部もってかれやしないか・・・」との漠然とした不安がありました。

 そうこうしているうちに参加者が続々と会場入りし、あるいは酒を飲み始め、あるいはバーベキューでウィンナーを焼き始めるなど、各々親睦を深め始めます。「みなさん、せっかくの機会ですので普段話した事のない方とも是非お話しをしていただいて、親睦を深めて下さい。」というアナウンスも必要なく、企画をした立場からすれば大変楽です。

 そして「あとは網を引いて、なんとかボウズを逃れる事が出来れば無事イベント終了」と思っていたところ、予定時刻の10時を過ぎても地引網の網が投入される気配がありません。当日は、当県西支部の他にも地引網体験に来ていたグループがいましたが、こちらのグループも含め、地引網は一向に始まりません。

 漁師さんが海の様子を見て、まだ網を投入すべき時機になっていないんだろうな、と思いましたが、10時30分を過ぎ、11時近くになるとさすがに不安を覚えてきました。そこで漁師さんに「何時頃に地引網開始になりそうですかねぇ」と聞いたところ、潮の状態があまり良くなく、もうしばらく様子を見ないといけないと言う事でした。漁師さんいわく、潮の流れが悪く、今網を投入しても網がうまく広がらず、魚が逃げてしまうそうです。なるほど、と思いつつ潮を見ようと海と睨めっこをしますが、当然素人にはわかりません。

 そこで網の投入等については漁師さんの指示を待つ事にし、再び親睦を深めに皆さんと酒盛りに興じます。

 すると11時頃に変化が。

 県西支部とは別のグループが漁師さんから声をかけられ、漁師さんは網を投入するために小舟に乗りこんで行きます。「お、やっと始まったな。」と目的の地引網が出来そうな事に安堵し、他グループの戦果が明らかになるまで、親睦を深めつつ網の引き揚げの様子を見守ります。

 ようやく網が上がりきると、グループの別は関係なく、皆さん「何が獲れたんだ?」「大漁か?」と興味のままに取れた魚が入れられた大きなタライに集まってきます。私も何が獲れたか興味津々。そして魚の入れられたタライを覗いてみると、たくさんのイワシ(カタクチイワシ)が入っていました。

 おお、結構獲れてるなぁ、と思いつつ、それと同時に「県西支部グループが網を引き揚げた時、既に魚がいなくなっているんじゃないか・・・」という不安もこみ上げてきました。

 そして先行グループの網引きが終わると、いよいよ我々県西支部グループが網を引く番です。漁師さんに呼ばれ、網引きをするので人数を集めるように言われます。皆さん、酒も入って赤ら顔もちらほらいる中、漁師さんが小舟で仕掛けてくれた網を一生懸命に引きました。

 しかし、いざ網を引いてみると、エラく重いです・・・。全体重をかけて網につながる綱を引きますが、なかなか網が上がってきません。網を引いている最中、思ったことが一つ。「軍手を持ってくれば良かった。」。そう、網を引くためには、網から伸びている綱を引かないといけません。この綱、素手で思いっきり引っ張っていくと、意外と痛くて手のひらも次第に赤くなっていきます(海水で濡れていて、滑りやすいこともありましたからね)。軍手があった方が楽ちんに綱を引けそうです。

 さらに足場は海岸の砂浜ときていますから、全体重を乗せて綱を引くとバランスを崩して尻もちをつくこともしばしば・・・。

 そんなこんなで結構な力仕事でしたが、なんとか網を引き揚げる事が出来ました。網が近づくにつれて、漁師さんは大きな獲物などは先に手でつかみ取ってタライに入れて行きます。肝心の結果は・・・

 先行グループよりも大漁でした。

 獲れた魚も、スズキの子供(フッコ)が5匹くらい、アオリイカ、コウイカ(どのイカも多分2~3キロくらいの大物)併せて3匹、その他イワシ(カタクチイワシ)が大漁、と多種多様。地引網には、県西支部の大人だけでなく、少ないながらも子供も参加していましたが、全員が正に子供の目と好奇心で獲れた魚やイカを見ていました。

 途中経過は省きましたが、網は2回引きました。ですので、戦果は網を2回引いた合計です。いや、それでもたくさん獲れたなぁ。

 獲れた魚の内、フッコやイカは、県西支部に所属するシェフ(本業は弁護士)が捌いてくれました(包丁やまな板は、網元さんに貸していただきました)。獲れたてで素材良し、シェフの腕も良しということで、海の恵みに感謝しつつ、獲れた魚とイカをお刺身などでいただきました。カタクチイワシは、漁師さんが水洗いをしてくれて、それをザルに入れてくれたのですが、味付け無しでそのまま食べて「ウマい!」でした。日本酒持ってくればよかったなぁ・・・。

 その後、網元さんに用意していただいた昼食をいただき、現地解散となりました。

 県西地域には、普段気付かないけれど良く見てみるとなかなか侮れないレジャーがあったりします。地引網も、普段あまり見ない「生きている海の魚」を間近で見る事が出来、しかもそれを美味しくいただけるという、あまり体験できない貴重なものなのだと思います。

 ところで、地引網イベントの傍ら、私は密かに釣り道具を持参し、地引網が始まるまでの間を利用して釣りをしてみました。しかし、こちらは全くのボウズ。「地引網メインで来ているんだから、それに専念せい!」と海の神様に睨まれましたかね。

執筆者情報

弁護士名 高野 剛
事務所名 あしがら法律事務所
事務所所在地 〒250-0011
神奈川県小田原市栄町1-14-6 都築第1ビル3階
TEL 0465-21-5710
FAX 0465-21-5711
23
August
2017

阿夫利の峰から

執筆者 : 東島 貴幸

 ここ数年、伊勢原市の大山が観光客で盛大な賑わいをみせています。休日には朝早くから大山行きのバス停に行列ができ、地元の賑わいに喜びを感じる反面、静かな山を好む私としてはあまり足が向かなくなっていました。そんなある日、ふと、秦野から大山まで歩けるのではないかと思い立ち、挑戦した日のことを書かせて頂きます。

権現山~弘法山
 まず登ったのが権現山。山頂というほどの高さもありませんが、展望台からの秦野を一望する景色は壮観です。権現山から弘法山までの道はきちんと整備されていて、4月に行われる桜祭りでは桜が咲き乱れる中に屋台もでます。少し下ったところにある「めんようの里」では羊が放牧されていて、ちょっとお散歩するには最高のコースです。

弘法山~善波峠~念仏山
 弘法山の山頂には釈迦堂や井戸があり、お堂の裏を降りると、ようやく山道らしくなってきます。念仏山の山頂には小さなお地蔵様が何体かいらっしゃいまして、昭和15年頃までは念仏講が行われ、山頂での念仏が山裾の集落まで聞こえたことが念仏山の由来なんだそうです。

念仏山~高取山
 念仏山を越えるといよいよ登山らしい険しい道になります。傾斜も急になり、滝のように汗をかきました。高取山方面からくだってきた方から「この傾斜を登るのは大変ですね。頑張ってください」との優しいお言葉をいただきましたが、それくらい必死の形相だったのでしょう。

高取山~大山
 この区間は、平たんな道がひたすら長く続きます。とはいえ、大きな電波塔があったりと退屈させません。最後に大山の一般的な山道と合流しますが、子供達が元気に登っていく隣で私だけ満身創痍。それでもやっとの思いで辿り着いた大山山頂の感動は筆舌に尽くしがたいものがあります。

おわりに
 この日は大山山頂から下社に降りて地元の温泉に浸かって帰宅しました。時間にして6時間くらいだったかと思いますが、久々の山だったこともあって翌日の筋肉痛が凄かったですね。なお、この次の週には丹沢山→蛭ヶ岳→丹沢山→塔ノ岳→丹沢山という一日に三度丹沢山を通る不思議なコースを歩き、さらにその2週間後には大山を北尾根から登って諸戸尾根から下るという大山なのに道中誰ともすれ違わないコースにもチャレンジしています。どこにいっても魅力的な丹沢に皆様も一度挑戦されては如何でしょうか。もちろん十分な下調べや準備(蛭対策含む)をお忘れなく。

執筆者情報

弁護士名 東島 貴幸
事務所名 弁護士法人小田原三の丸法律事務所
事務所所在地 〒250-0012
神奈川県小田原市本町1-7-20 三の丸ビル
TEL 0465-24-3358
FAX 0465-24-3347
10
May
2017

厚木と伊勢原の境にて

執筆者 : 田代 宰

平成29年1月に、春水法律事務所という名前で独立開業させていただきました。愛甲石田駅周辺では初となる法律事務所になります。
「春水」という事務所名の由来をよく聞かれますので、本題の前に少しだけお話を。
「春水」とは、春の雪解け水を意味する春の季語です。ご相談者・ご依頼者様の悩みを解きたいという想いから、春水法律事務所と名付けさせていただきました。

さて、本題。
愛甲石田駅については、県西の方でもよく知らない方も多いのではないかと思います。そこで、今回は、愛甲石田周辺について少しお話ししたいと思います。

まず、愛甲石田駅は、厚木と伊勢原の中間地点です。少し歩けば、伊勢原になります。駅は厚木市ですが、歩いて1分で伊勢原市になります。

駅周辺は、箱根そばや日高屋がまず目に入ります。定番のチェーン店です。他にチェーン店の居酒屋もありますが、厚木ではホルモンが有名なためか、ホルモン焼き屋さんもあります。

ちなみに私のお気に入りは、「九份」という台湾料理屋さんです。台湾出身の方が経営されており、本格的で、とても美味しいです!ぜひ機会があれば、行ってみてください(ランチがないのが残念です。)。

少し歩いたら、住宅街の中に熊野神社という神社があります。私の事務所からも歩いて5分ちょっとのところにあり、事務所の氏神様になります。

氏神様になりますので、事務所の神棚に祀っております。無事に仕事ができますよう、事務所に行くと毎回(?)、お参りしております。

ほんの一部の紹介でしたが、いかがでしたでしょうか。
まだまだ紹介できていないところもありますので、ぜひ一度、足を運んでみてください。

愛甲石田駅周辺では、先ほども書きましたとおり、私の事務所が初めての法律事務所です。町の弁護士として、地域の皆様のご相談に応じたいと思います。また、相談等を通じて、冷たかった思いが温かな気持ちになってもらえれば嬉しいです。

執筆者情報

弁護士名 田代 宰
事務所名 春水法律事務所
事務所所在地 〒243-0035
神奈川県厚木市愛甲2-1-1グランフォルム愛甲石田203
TEL 046-281-9024
FAX 046-210-0236
Email shunsui.law@gmail.com
8
March
2017

小田原邸園めぐり2

執筆者 : 阪之上 克巳

 「清閑亭」でのひとときを楽しんだ私たちは,南町二丁目にある「小田原文学館」に歩いて向かいました。

 「清閑亭」から徒歩で10分ほどのところにある「小田原文学館」は,西海子小路(さいかちこうじ)の一角にあります(なお,西海子小路は3月下旬から4月上旬にかけて桜が咲き誇り,まさに桜のトンネルのような小路になるとのことです。お花見にも最適の場所と思います。)。
 このあたりは明治から昭和にかけて多くの文学者が居を構えた地です。
 「小田原文学館」には,北原白秋,三好達治,谷崎潤一郎,坂口安吾,尾崎一雄,牧野信一,北村透谷,こういった名だたる小田原ゆかりの文学者の資料が多く展示されております。
 風情ある建物の中で沢山の文学の資料を見ていると,まるで自分が文学青年になったかのような気分になってしまいました。
 当日偶然「小田原文学館」に視察に来られた加藤憲一小田原市長と一緒に写真を撮らせていただきました。

 「小田原文学館」を見学した後,板橋にある「松永記念館」を訪れました。「小田原文学館」から徒歩で20分ほどでしょうか。
 「松永記念館」は,戦前・戦後を通じて「電力王」と呼ばれた実業家であり,数奇茶人としても高名であった松永安左ヱ門が自宅の敷地内に建設した施設です。

 記念館だけでなく,松永安左ヱ門の居宅「老欅荘(ろうきょそう)」,茶室「葉雨庵(よううあん)」,登り口にそびえる欅の大木なども敷地内に点在しており,見所沢山の施設です。

 老欅荘の建物は実際にお茶会でも頻繁に利用されているとのことで,私たちが訪れたときも呈茶が行われていて,私たちもいただきました(本日2杯目)。沢山歩いた後での美味しいお茶をいただきながらの休憩は,至福のひとときでした。

 一日で「清閑亭」,「小田原文学館」そして「松永記念館」の3つの施設を歩いて訪問することができ,地元小田原の新たな魅力に気づかされた素晴らしい一日となりました。
 万歩計を確認したところ,優に1万歩を超えていましたので,普段の運動不足を解消するという企画の副次的な目的も達成できたように思います。

 今後も県西支部の地元の魅力をさらに探求すべく,地元の色々な場所を訪問しようと,参加者一同で盛り上がった次第です。

8
February
2017

小田原邸園めぐり

執筆者 : 阪之上 克巳

 小田原は,東海道9番目の宿場であったことからも分かるように,歴史あるまちです(ちなみに平塚が7番目,大磯が8番目,箱根が10番目の宿場です。)。太平洋に面しており気候温暖な地としても知られております。

 最近民間のシンクタンクによって行われた市町村別の魅力度調査でも小田原市は全国82位となったようです。小田原で弁護士をしております私にとっても嬉しい結果でした。

 さてこのような魅力溢れる小田原には,明治時代の半ばころから,多くの政治家や財界人,文人などが邸宅と庭園(邸園)をかまえました。今でも多くの邸園がのこされており,気軽に見学することができます。

 今回,これら邸園を歩いて回り,地元の魅力をさらに探求しようということになり,12月のある土曜日の午前,我々は,南町一丁目にある「清閑亭(せいかんてい)」に集まりました。

 当日の予定は,この「清閑亭」,南町二丁目にある「小田原文学館」そして板橋にある「松永記念館」の3つの邸園を歩いて回ることです(企画の副次的な目的は,日ごろの運動不足の解消です。)。
このとき小田原市では「小田原邸園スタンプラリー」を行っていました(本コラム記事掲載時点でも行っているようです。)。

 これら3つの邸園を全て回りスタンプを3つ集めると,「邸園グッズ」をいただけるということでもあり,スタンプを集めるという楽しみもありました。

 清閑亭は,小田原城から歩いて5分ほどのところにあります。別称の「旧黒田長成別邸」からも分かるように,黒田官兵衛の直系の子孫である黒田長成(ながしげ)の別邸として,1906年(明治39年)に建築された建物です。
 数寄屋風の造りの建物には随所に工夫が施され,想像以上に広い室内には沢山の見所(屋久杉の天井板,透かし彫りの欄間,当時のままの室内灯など)があり,時間が経つのも忘れ,見入ってしまいました。

 ただ,正直建築についての専門的な知識などない私のお勧めは,やはり2階から一望できる相模湾の絶景と,1階にある喫茶室「カフェ清閑亭」で過ごすリラックスできる時間です。

 「カフェ清閑亭」ではコーヒーや紅茶,抹茶以外にもビールも注文できます。よほどビールを注文しようとしましたが,ビールを所望したのは,A弁護士と私の二人だけであり,同調圧力とこれからの徒歩での行程を考え(笑),抹茶を注文しました。
 山縣有朋が実際に使用していたとされる大きな座卓(天板は欅(けやき)の一枚板とのことです。)を囲んで,美味しい抹茶を飲みながらホッと一息をつくひとときは,普段味わうことのできない充実した時間でした。

 清閑亭は1時間もあれば,歴史ある建物内部をゆっくりと回り,相模湾を一望した後,カフェで休憩しながらリラックスすることができます。
 私は地元出身ですが,恥ずかしながら清閑亭について全く知識がありませんでした。小田原にこのような素晴らしい邸園があることを知り驚きました。
 全国から小田原に観光に来られる方は,小田原城を散策されると思います。小田原城からほんの数分だけ歩いてみてはいかがでしょうか。素晴らしい邸園が待っております。
 もちろん地元の方にも是非訪れていただきたいと思います。

 次回のコラムでは,清閑亭の後に訪問しました「小田原文学館」と「松永記念館」について記載したいと思います。

執筆者情報

弁護士名 阪之上 克巳
事務所名 阪之上法律事務所
事務所所在地 〒250-0012
神奈川県小田原市本町2-1-3HSビル401
TEL 0465-21-0068
FAX 0465-21-5068
14
December
2016

ユーシン紀行

執筆者 : 岡安 知巳

 中学3年の盛夏、私が所属していた浅野中高ワンダーフォーゲル部はユーシンの河原で夜営をしていた。夜半、雷鳴が轟き、テント内の部員の顔がはっきりと見えた。今でもあの時の光景が目に浮んでくる。
 四半世紀余り後、私は、秋が深まりつつある正午過ぎに、再びハイカーで賑わうユーシンにたたずんでいた。

 ユーシンは、丹沢湖の東端にある玄倉(くろくら)から北東に延びる林道を9キロ進んだところに位置している。林道の脇を玄倉川が横たわり、ところどころ渓谷美(最近ではユーシンブルーというらしい。)を堪能することができる。

 私たち弁護士会県西支部有志+αの9名は、暖かく穏やかな陽気の中、平成28年11月12日午前9時37分に玄倉バス停をユーシンに向け出発した。

 ユーシンという珍しい名前については、ハンス・シュトルテの次のような記述がある。
 「小宮さんが命名されたのは「湧津」だそうです。これは昭和三、四年頃の事で、当時あの地区の本拠になっていた処は諸士平(雨山沢の入口の河原の平坦地)であったが、昭和三年に大水害があって施設が流出したので、現在のユーシン地区へ本拠を移して宿舎及び人夫小屋ができたそうです。」(ハンス・シュトルテ「湧津の謎」『続 丹沢夜話』(有隣堂1991年))

 正午過ぎ、私たちはユーシンに到達し、閉鎖されたユーシンロッジ前の広場で昼食をとった。昼食は各々が用意してきたが、メンバーの一人がカツ丼を作ってくれた。コッフェルでごはんを炊き、持参した豚カツを玉ねぎ、卵と自作の鰹昆布出汁でとじたものである。絶品であった。

 午後1時半過ぎに帰途についた。午後の日差しの中で色とりどりの鮮やかな紅葉が映えていたが、それが隧道(ずいどう:トンネル。確か長短新旧取り混ぜ8箇所あった。)の暗さを際立たせているような気がした。

 午後4時頃、玄倉バス停に到着した後、中川温泉の「ぶなの湯」で汗を流し、帰路についた。

 なお、閉鎖されているユーシンロッジについては、神奈川県が昨年8月に「ユーシンロッジの利活用に関する提案募集」をし、事業候補者の選定があったとのことである。
 事業計画としては、「宿泊定員を80名から40名に縮小して、健康増進やデジタルデトックスプログラム(デジタル機器から一定期間離れる取組)など、新しい野外活動の楽しみ方を提案する「森のリラクゼーション」事業等を実施するほか、「西丹沢」、「ユーシン」のブランド化に取り組み、Tシャツやオリジナルグッズを作成・販売する。」(神奈川県ホームページ参照)とのことであり、大いに期待している。

執筆者情報

弁護士名 岡安 知巳
事務所名 まちかど法律事務所
事務所所在地 〒250-0004
神奈川県小田原市浜町1-2-24 平井ビル5階
TEL 0465-20-1115
FAX 0465-20-1116
22
November
2016

【特別寄稿】神奈川県弁護士会県西支部研修委員会
刑事弁護部会合宿IN箱根

執筆者 : 齋藤 守

 最初に申し上げておくと,私は県西支部管内に事務所を構えておらず,隣の相模原支部に事務所を構えております。そのような私がなぜ表題にあるような長い部会名の合宿に参加することになったのかについては,それを説明するとコラムの制限字数を大幅に超えることになりますので割愛します。

 さて去る10月21日(金)~22日(土)に表題にある合宿が行われました。てっきり私は既に何回か行われているものだと思っていましたが,今回で2回目だということでした。事前の案内で明確に集合時間や解散時間が決められているわけではなかったので,何となく集まり何となく解散していく感じの,酒飲みメインのユルユル合宿だろうと予想していました(参加メンバーを見て尚更その思いを強くしました)。しかしその予想は見事に裏切られました。まず事前に郵送にて合宿の資料が送られてきました。私は稲妻に打たれたような感覚でした。また当日は午後4時頃にはほとんどの参加者(10名以上)が集まっており,本当に刑事弁護についての勉強会をし始めたのです。ショックでした。私は自分を恥じました。例え勉強会開始時点でビール缶が何本も空いていたり,既に温泉に入っていたり,あちらこちらにつまみや酒が並べられていたりしても関係ありません。勉強会を行ったのは事実なのです。
 しかも議題が多岐に亘り,裁判員裁判の傍聴をしてきた人からの報告やそれに対する検討も行われました。県西支部の結束力を見せつけられました(もしかしたら表題にある長い部会の会員の結束力が突出しているだけかもしれませんが)。食事の後も勉強会は続きました。ろれつが回らなくなっていようが,露天風呂で裸のまま寝てしまおうがそんなことは関係ありません。私は高齢なので日付けが変わるころには布団に入ってしまいましたが,きっと朝まで熱い議論が戦わされていたことでしょう。そして翌日は有志で箱根の関所に行き,解散となりました。
 今回の合宿は予想を裏切られることばかりで驚きました。来年も開催されるのであれば(絶対に開催されるはずですが)是非参加したいと思います。
 
 追伸 委員長,部会長,この程度持ち上げておけばいいでしょうかね。

執筆者情報

弁護士名 齋藤 守
事務所名 齋藤・水谷法律事務所
事務所所在地 〒252-0236
神奈川県相模原市中央区富士見5-2-12 サンロードビル2階A号室
TEL 042-754-8672
FAX 042-754-8692
MAIL saitou.mizutani-law@nifty.com
24
October
2016

ゆるっとゴルフ,これからも。

執筆者 : 松下 純

 「趣味」,とまではいかないかもしれませんが,たまにゴルフに行っています。

 そもそも,私とゴルフとの関わりは非常に主体性のないもので,両親がやっているので勧められて始め,夫もやるので何となく私も続けてきたような感じです。
 小さい頃から完全な運動音痴で,体を動かす機会はほとんどないまま大人になった私が,ゴルフを始めてみたのはいいけれど……。
 運動をしたことがないと,体の使い方というのを全く知らないものなのだということを,初めて知りました。

 たとえばですが,物を投げるとき,棒のように突っ立って腕だけ動かしても,物は遠くへ飛ばないですよね。体全体を使わないと遠くへは投げられない。そんなことも,私には分からなかったというか,思いつかなかったというか,知りませんでした。
 ゴルフを始めたら何だかやたらと「あなたはデカいんだから」と言われました。確かに私は背が高いのですが,そこまで背が高いことを指摘される機会は日常ではそれほどありませんでしたし,内心何なんだろうと思っていたのですが,背が大きいということはそれだけ遠くへ飛ばせるアドバンテージがあるということだったようです。「体格」に注目するという事も今までの私の中にはない視点でした。
 ボールが回転しながら飛ぶということも知りませんでした。ボールって飛んでいる間,回転しているんですね!考えてみたこともありませんでした。
 また,漠然と「練習すればうまくなる」と勝手に思っていましたが,ゴルフを始めても全くうまくならないので衝撃でした。

 うまくなくても「楽しめばいいんだよ」と,初心者はよく言われますね。しかし,きまじめな部分が悪く働き,「練習でうまくいかないのに,コースに出ても仕方がない。」と思っていました。
 練習して上達してから「本番」に臨むものだと…。
 今思えば本当に,楽しめずにもったいなかったと思っています。
 練習場での練習は,フラットな場所で一定の同じ条件下で打っているだけです。
 実際ラウンドしてまわってこそ,バンカーに入れたり,足下が悪い場所から打たざるを得なかったり,距離をはかって次に打ちたい場所にボールを落とすべくクラブを選択したりと,色々な経験が積め,またそこが面白いところなんですね。
 そして,スコアが悪くとも,それはそれで楽しむ心の余裕も必要でした。

 ここ3年ほどはなかなかゴルフに行けなくなり,一度離れたからか,何だか最近は,練習でうまくいくことにそれほどこだわらなくなりました(そもそも練習にもほとんど行けていませんが…。)。
 それに,練習場で練習してもうまくならないので,良い意味?諦めができたのかもしれません。
 ゴルフをやるならやっぱりラウンドしたい!と思うようになりました。
もちろん,うまくなればそれだけゴルフが面白くなりますので上達もしたいのですが,すぐに成果が出なくとも「まぁいいか,気長にやれば。」と思うようになりました。

 これからは,自分なりにゴルフを楽しみ,ゆるっと続けていきたいと思います。
 一緒にまわる方に楽しんでまわって頂けるような気遣いができるくらいに,上達できたら理想です。ちょっとハードルが高すぎるかもしれませんが…。

執筆者情報

弁護士名 松下 純
事務所名 なないろ法律事務所
事務所所在地 〒259-0123
神奈川県中郡二宮町二宮200-3 エヴィム二宮201
TEL 0463-70-3551
FAX 0463-67-8346
1
August
2016

城めぐり

執筆者 : 大木 孝

幼い頃から、父母や叔父叔母に連れられて、小田原城址公園にかつてあった動物園・遊園地によく行きましたが、子供心に、見上げるお城の大きさにいつも驚いていました。(アルバムに、象の梅子を背景にしたスナップも残っています)

趣味の城めぐりが始まったのは、実は今からおよそ十年前。
司法研修所の刑事弁護教官を務めた時、実務修習のため全国に散らばった司法修習生に対する出張講義で現地に赴いた折に、空き時間に地元のお城を訪ねたのがきっかけでした。
初年度は、名古屋と福井のクラスを受け持ったので、尾張名古屋城と越前丸岡城。
以降これまでの間に行った城は、犬山城・金沢城・彦根城・長浜城・大阪城・姫路城・大分府内城・岩国城・広島城・鹿児島城・土浦城・佐野城・松本城・岡山城・米沢城・備中松山城・清州城などです。
西国が多いのは、3年間で受け持ったクラスの多くが西日本修習だった影響ですね。

城歩きで面白いのは、大手門から天守を目指すときは城攻め、天守閣に登ってからは今度は守りに切り替えて、戦国武将になったつもりで、ここから攻めるとか、こうして守るなどと妄想を逞しくして動くことです。
そのためにも、基本的な城作りの知識が必要です。 
例えば、城の種類は、山城・丘城・平山城・平城・水城などがあり、堀にも水堀・空堀・障子堀など。石垣の前は、土塁で済ませていたらしいとか。
少しばかり勉強しました。

ところで、日本のお城には、西洋の城(例えば華麗なノイ・シュヴァン・シュタイン城)にはない独特の哀愁が漂っていて、過ぎ去った歴史の陰に隠れ、黙ってひっそりと佇む姿が美しく、「荒城の月」「千曲川旅情の歌」「古城」などの名曲を生んだのでしょう。その意味でも、巨大な近世の平城よりむしろ、小さな戦国時代の山城の方が情趣があっていいですね。
では、私のお気に入りベスト3を紹介しましょう。

第3位:越前丸岡城(別名「霞ケ城」)
柴田勝家の甥勝豊が築いた平山城で、五角形の内堀に浮かぶ二重三階の天守。
昔、大蛇が現れて霞を吐き城を隠したという伝説から、この別名が生まれたとされます。加工されていない石をそのまま使った粗い石垣や、質素な板塀が、いかにも質実剛健の時代背景を表す城です。
現存最古の天守と言われますが、犬山城説もあるようです。

第2位:尾張犬山城(別名「白帝城」)
織田信長の叔父信康が築いた小高い丘陵に聳える山城で、背後の北西部が、天然の水堀としての木曽川に面した切り立った崖で、「後ろ堅固の城」とも呼ばれています。
三重四階の望楼付き天守の均整の取れた姿は風情があり、後の模範ともなったようです。

第1位:備中松山城(別名「もう一つの天空の城」)
鎌倉期の秋葉氏が築城したと伝えられる現存する最標高の山城で、天然の巨岩巨石を利用し、その上に石垣を積み、その上に天守閣を建てているのが素晴らしいですね。

昨年、日弁連のシンポの後、岡山の教え子弁護士がわざわざ車を出して案内してくれました。よく見ると、現在放映中のNHK「真田丸」のオープニング映像にも使われていますね。

早朝に近くの高原展望台から見ると、雲海に浮かぶ幻想的な天空の城となって見えるそうです。

さあ、皆さんも、まずは近くのお城から攻めてみましょう!
DVDなら「司馬遼太郎と城を歩く」がお薦めです。

最後に…
あるアンケートで日本最強の城ベストワンに輝いた熊本城が、このたびの大震災で石垣が崩れ屋根瓦も落ちるなど、その光景は熊本市民ならずとも涙を誘いました。
あの飯田丸五階櫓をどうにかぎりぎりで支えている角の石垣、その健気な姿を見て、思わず石垣に対して「頑張れ」と叫んでしまったのは、私だけではないはずです。
嬉しいことに、小田原城をはじめ全国のお城から支援金が届けられたそうですね。今後何年、何十年かかろうとも、何とか復旧してもらいたいものです。

執筆者情報

弁護士名 大木 孝
事務所名 杉﨑茂法律事務所
事務所所在地 〒250-0012
神奈川県小田原市本町2-3-24 青色会館2階
TEL 0465-24-1860
FAX 0465-24-1806
27
June
2016

騙せ!さもないと処刑される

執筆者 : 石井 琢磨

嘘つきはそこら中にいます。
裁判所の法廷でも、明らかに嘘を繰り返す人がいます。

善良な市民の方々は考えるに違いありません。
「偉い裁判官様なら、きっとあんな嘘を見抜いてくれるに違いない」

しかし、現実は厳しい。
嘘つきの証言が「信用できる」とされ、あなたの証言が「不自然であり信用できない」とされることだってあるのです。

地方裁判所の判断が高等裁判所で覆されることもあります。
「どっちが嘘をついているか」専門家でも正しい判断ができるとは限らないことが分かります。

嘘がまかり通る原因は、裁判官にも、われわれ弁護士にも、裁判というシステムにも、証拠の状況にもよりますが、あなたにもあります。
多くの人は、「自分は正しいことを言っているのだから大丈夫なはずだ」と考えますが、明らかに勉強不足です。

実例を出しましょう。

数ヶ月前から、私は、人狼ゲームの研究を始めました。リアルに10人くらい集まって、騙したり、嘘を見抜いたりするゲームです。
10人の中に、ランダムに選ばれた狼2~3人がまぎれています。
狼は「私は人間だ」と嘘をつきつつ、徐々に人間を殺していきます。
人間は、殺される前に、狼を見つけ出して全員処刑しなければなりません。
狼は、騙さなければ処刑されてしまうので、必死に嘘をつきます。

この基本ルールに色々なオプションが付いていきます。

私が体験したあるゲームでは、預言者という特殊能力を持つ人が1人いるという設定でした。
つまり、10数人の中に、狼3人、預言者1人、他は普通の人間という設定です。
このような設定の場合、狼は「自分が預言者である」と嘘をつくことが多いです。そうすると、その場には、
本物の預言者
狼が嘘をついている預言者
の2人が登場します。

どっちが本物か。
みんなで議論してそれを見抜くのです。

これが、
本物の預言者 = 初心者
狼が嘘をついている預言者 = ベテラン
だったりすると、本物の方が、ものすごく胡散臭く見えてくるのです。

「私が、一応、本物の預言者なんですけど」
などと言い出すのです。

そうすると、その場では「『一応』って何だよ!?」「その出方、すっごい怪しい」「なんでそんなに自信なさそうなの?」

この議論を狼役の人が誘導したりすると、本物の預言者が、場では狼と疑われて処刑されてしまうのです。

真実の証言をしているのに、判決で「信用できない」と認定されてしまうあなたのようではありませんか。

この世では、真実を語るにもスキルがいるのです。

人狼ゲームでは、真実を語るスキル、嘘を騙るスキルを学ぶことができます。嘘つきの思考をすることで、相手の手口を学ぶことができるでしょう。

相模川法律事務所では、現在、人狼ゲームの開催を秘かに目論んでおりますので、体験してみたいという方は、メール、お電話、ツイッター、何でも良いので、ご連絡ください。

なお、このゲームの概要を聞くと、雰囲気が悪くなりそう、ケンカになりそう、と心配する人もいますが、所詮はゲームですので、終わった後はたいてい和やかです。むしろ、初対面の人とも仲よくなれると感じています。
事務所に独身弁護士が所属していたら、合コンでやると良いとアドバイスをしていたことでしょう。

執筆者情報

弁護士名 石井 琢磨
事務所名 相模川法律事務所
事務所所在地 〒243-0018
神奈川県厚木市中町4-14-3
雅光園ビル702号室
TEL 046-297-4055
FAX 046-205-5169
Email takuma@sagamigawar.com
30
May
2016

神奈川県弁護士会県西支部甲冑隊

執筆者 : 山本 栄紀

 平成28年5月3日に開催された小田原北條五代祭りに、神奈川県弁護士会県西支部所属の赤沼洋弁護士、久保友宏弁護士と共に私山本栄紀も参加しました。弁護士は法廷以外にもいろいろなことをやっているのです。なんと、3人とも着ている鎧も手作りです。

 事の発端は、昨年の祭を見て甲冑隊の素晴らしさに感激した私が、自分も参加したいと思ったことにありました。その後、北條手作り甲冑隊なるものがあり、同教室で鎧を作り祭に参加できるということがわかりました。一人では心細かったので、なんとか上述の二人の弁護士を口説き一緒に参加してもらうことになりました。

 平成27年の9月から半年間隔週で通い、仕事の合間に宿題を乗り越えて鎧を作りました。弁護士という仕事は夜間や土日も仕事が入ることが多いため、なかなか作業に取りかかれず大変でした。作業自体は特別な技能が必要な部分は無かったのですが,作業量自体が非常に多く仕事がある人にはなかなか勧められない作業量でした。もっとも、仕事の合間に行う作業は気分転換にもなりました。ちなみに、鎧の素材は厚紙に段ボールを張ったものに布をはり水性ペンキで色付けしたものです。型紙を写すところから糸通しまでほぼすべて自分たちで行いました。途中先生方の手助けを受けながらなんとか上述の3人とも祭までに無事に各々の鎧を作り終えました。鎧を作ったことにより3人とも初級甲冑師と名乗れるようになったようです。

 お祭りは、24万人(FNNニュース発表)もの人が集まる大盛況だったようで、沢山の人に見守られたり写真を撮られながら隊列を歩くのはとても緊張しました。小田原の一般的な法廷では、傍聴人がいても多くて十数人ですし写真にも残らないですからね。
 弁護士の世界は決して広いとまでは言えず弁護士と会ったことがあるという方はそれほど多くないとは思います。今後の私たちは小田原城前の記念撮影コーナーや、各地の祭に鎧を着て参加することになります。どこかで私たちの姿を見かけたらお気軽にお声がけください。

 また、鎧に関してはそれぞれ事務所に飾ったりもいたしますので事務所にいらっしゃった際に見てください。

執筆者情報

弁護士名 山本 栄紀
事務所名 弁護士法人アリスト秦野事務所
事務所所在地 〒257-0035 神奈川県秦野市本町2-2-1 TATSUMIビル2階
TEL 0463-73-5833
FAX 050-3730-7427
17
December
2015

仏像彫刻でストレス解消(プラスα)

執筆者 : 小室 充孝

神奈川県西部に位置する南足柄市の山奥に,大雄山最乗寺というお寺があります。境内はとても広く,四季折々の美しい景色も楽しむことができ,地元では「道了尊」の名で親しまれているお寺ですが,曹洞宗の中で永平寺,総持寺の次に位置する格式あるお寺でもあります。

〔最乗寺の参道に林立している杉の巨木〕 H27.11執筆者が撮影

9年前のお正月に,42歳の厄除けのため,最乗寺を参拝しました。その際に,たまたま,総受付に置かれていた「仏像を彫る教室」のチラシを目にし,その年の6月,迷ったあげく勇気を出して,この教室に入会しました。

当時,東京国立博物館で開催された「国宝阿修羅展」をきっかけに空前の仏像ブームが巻き起こっており,このブームに乗せられたのと,仕事や家庭?のストレスの解消になるかもしれないというのが入会のきっかけでした。

入会以来9年も続けてこの教室に参加させていただいていますが,毎回,仏師の先生や教室の先輩方から丁寧なご指導をいただいています。 教室は,毎月,第2・第4土曜日に,最乗寺の境内で開催され,毎回,40名程の方が参加されています。 お寺から御依木(台風などで倒れた樹齢400年を超えるような大雄山の杉の端材)を提供していただき,これをノミや彫刻刀で彫って仏像にすることもあります。

  • 執筆者が御依った仏像
    〔仏頭(木で彫阿弥陀如来)〕


  • 〔聖観音像〕

これまでに彫った仏像は,もう20体を超えてしまいました。彫刻をしている間は,彫ることだけに意識が集中しますので,これによる仕事のストレス解消効果は抜群です。

教室の仏師の先生が,以前,教室の新聞取材に答えて,「心が良ければよい仏像が彫れる。技術は関係ありません。彫るうちに人相がよくなるのも指導していて楽しい。」とおっしゃっていました。私の場合,ストレス解消効果とあわせて,こちらの人相改善効果についても大きな期待を寄せています。

教室に参加されている方の多くが「仏像の顔は,彫った人の顔に似る。」と言っています。

私は昨年,50歳になりましたので,もう論語でいえば「天命」を知り,原道訓でいえば「四十九年の非」を知っていてよい年齢です。

厳しさの中に同じくらいの優しさ,冷たさの中に同じくらいの暖かさが感じられるようなお顔。そんなお顔の仏像が彫れたらいいなと思っています。

〔執筆者が執務している法律事務所の所属弁護士5人と一緒に事務所の打合室にて〕

(後段中央が執筆者)

執筆者情報

弁護士名 小室 充孝
事務所名 杉﨑茂法律事務所
事務所所在地 〒250-0012 神奈川県小田原市本町2-3-24 青色会館2階
TEL 0465-24-1860
FAX 0465-24-1806
6
November
2015

子育てと仕事

執筆者 : 石森 加奈子

私は,今年の夏に出産しました。出産前の予定では,産後3ヶ月程度で事務所に復帰する予定でしたが,子どもを保育園に入れることができず(子どもが可愛すぎて離れがたく,そこまで真剣に保育園を探していないというのもありますが),裁判所の期日がない日は,まだ自宅で仕事をしています。

しかし,自宅で子どもを見ながら仕事をするのは,出産前の想像をはるかに超えて大変でした。そんな自宅での私の1日(書面提出期限間際のとある日)について,ご紹介します。

2:00 授乳。 6:30 授乳後,私はまだまだ眠いので,[子]の寝かしつけを試みるも,失敗。[子]をあやしながら過ごす。 8:30 [子]眠くなってぐずり出す。寝るまで抱っこ→置くと泣く→寝るまで抱っこを3回くらい繰り返して,やっとすやすや寝てくれる。朝食をさっと済ませ,最低限の家事をして,さあ仕事!と思ったら,[子]泣き出す→抱っこ。 9:45 授乳。[子]授乳後,自発的に寝てくれる(ラッキー!!!)。ここぞとばかりに仕事。 11:00 [子]目を覚ます。しばらくあやした後,バウンサー(おもちゃ付き)に[子]を乗っけて仕事再開。[子]20分程度で飽きてぐずり出す→抱っこ。 12:15 授乳。[子]授乳後,機嫌よく一人で遊んでいるので,仕事再開するも,20分程度で[子]ぐずり出す→抱っこ。 13:30 [子]寝てくれたので,昼食(ちなみに,[子]は,ご飯ができるとかなりの高確率で目を覚まします笑。カップラーメンにお湯を入れた直後に泣かれたりすることも・・・。)。書面の提出期限が迫っているので,昼寝したいのを我慢して仕事再開。 15:20 授乳。授乳後,仕事再開するも,[子]20分くらいでぐずり出したので,お散歩へ。帰宅後,寝るまで抱っこ→5~15分で目を覚ます→寝るまで抱っこを繰り返す。寝てくれている細切れ時間を利用して,仕事と家事少々。 18:00 授乳。夫が[子]をお風呂に入れ,夕飯を作ってくれている間に少しだけ仕事。 20:30 最後の授乳をして,寝かしつけ。かなり手強く,1時間くらいかかる。 21:30 ベビーモニターで[子]の寝ている様子を確認しつつ仕事(一番のはかどりタイム) 24:00 就寝

というように,私の自宅での1日は,授乳・あやし・抱っこの合間に仕事という感じで,あっという間に過ぎていきます。しかも,子どもの寝るタイミング,泣くタイミングは毎日違うので,翌日は全く違うタイムテーブルとなり,予定を立てて何かをすることは困難です。(その分,できるときに短時間ですべきことする集中力は間違いなくついています)。
自宅では仕事をしていないお母さんも,「仕事」を「家事」に置き換えると,だいたい同じような1日を過ごしているのではないでしょうか。

子どもが泣き出して書面作成を中断したままウインドウズの更新が行われ作成途中の書面が消えてしまったり(このコラムも笑),電話会議前にうまく寝かしつけたつもりだったのに,途中で子どもが目を覚ましてしまい,電話会議の機械から泣き声を響かせたりと,いろいろなトラブルがありながらも,なんとか仕事をしています。

それもこれも,家事と育児にとても協力的な夫と,期日出席時に子どもを預かってくれる実家と義実家の両親,共同受任事件なのに私には負担のないよう事件を処理してくれている事務所の他の弁護士,そして,事務所に出なくても仕事ができるように,私宛の連絡を捌き,メールでの指示に迅速に対応してくれる事務局のおかげです。感謝してもしきれません。

子どもを見ながら仕事をするのは冗談抜きに大変で,目が回るような毎日ですが,合間に見られる子どもの笑顔で疲れはふっとぶし,子どもの成長を見逃さずにいられるという幸せを感じることもできています。 こんな生活も,保育園に預けるまでのほんの少しの期間だけだと思うので,大変さを逆に楽しみたいと思っている今日この頃です。

執筆者情報

弁護士名 石森 加奈子
事務所名 まちかど法律事務所
事務所所在地 〒250-0004
神奈川小田原市浜町1-2-24 平井ビル5階
TEL 0465-20-1115
FAX 0465-20-1116
28
September
2015

戦後70年を振り返って

執筆者 : 赤塚 健

今から70年前の昭和20年(1945年)8月15日正午、昭和天皇の玉音放送をラジオで聴き入っていた私は、瞬間的に「生命の危機から免れた」との安堵感に似た喜びの感情が湧いて来たことを鮮明に記憶している。

当時の日本は、各地で連日米軍機の空襲を受け、米軍の沖縄に続く日本本土上陸が間近に迫っているとの情報が流れ、全土が極度の緊張状態にあった。旧制中学2年生であった私も、連日の如く空襲により防空壕に避難する日常生活を送っていたので、そのような生活から解放されるとの思いが強かったのではないかと憶測している。

戦後生まれの方は、生まれながらにして、自由・平和・民主主義をたっぷりと享受して成育して来られたと思うが、私のように、少年時代は「絶対」と信じていた「軍国主義」が、終戦により全面否定され、「戦争放棄を定めた新憲法による自由・平和・民主主義を基盤とする日常生活がすべて」として、当然の如く尊重される社会が形成されるとの喜びで一杯であった。

大学を出て、一時期サラリーマン生活を送った私は、生まれ育った環境(父は弁護士)に染みついた法曹という職業に就く破目になり、検事、公証人を経て、70歳にしてはじめて亡き父の職業を継ぐことになったが、その間共に子育てをし、親の義務を果たした結婚生活50数年を経た妻からは「今が一番輝いている」等とおだてられ、東京の自宅から平塚の事務所まで毎日通勤(11時出勤)している。これもすべて「健康」に恵まれていたからに他ならず、親、ひいては先祖に感謝あるのみである。

本年は、戦後70年の節目の年に当たるとして、マスコミ等が賑々しくとり上げている。本年3月シドニーから横浜港に向けてのクルージングで、戦時中日本軍が一時期上陸・占領した「ラバウル島」に寄港して、洞窟、飛行場跡等を見学したが、戦争の傷跡等を見るにつけ、今日の平和・自由の尊さを実感し得たことは誠に幸いであった。

しかるに最近、法曹界では戦後一貫して集団的自衛権の行使は違憲とされていた確定的な法解釈が国際情勢の変化を理由に政府によって合憲とされて、これに関連したいわゆる安保整備法案の成否が取り沙汰されているが、戦時を体験した1人として大変違和感を持ち、日本の将来はどうなるのだろうかと一抹の不安を感じる今日この頃である。

最後に人生の先輩面をして一言。「健康年齢」こそ年齢にふさわしく、健康の基は「食事と適度の運動」である。また、人間の最も大切な生活信条はと問われれば、それは「恕(じょ)」(思いやり・孔子の言葉)である。恕は法曹に限らずどんな職業にもあてはまる共通の真理ではないかというのが私の結論である。
(注:安保整備法案に関しては執筆時の状況)

執筆者情報

弁護士名 赤塚 健
事務所名 赤塚総合法律事務所
事務所所在地 〒254-0042
神奈川平塚市明石町13番25号吉田ビル2F
TEL 0463-20-4658
FAX 0463-20-4659
Email v777@v7.com
6
August
2015

災害法制について -「入山規制」って何?-

執筆者 : 古谷 泰宏

平成27年6月30日,箱根大涌谷の噴気口からごく小規模な噴火が起きた。静穏を保ってきた箱根山にとって有史以来の初めての噴火となった。

我が国は古来より幾多の災害に見舞われてきた。数多くの火山が点在し,しばしば噴煙や粉塵をまき散らす。豊かな自然もときには猛威をふるう。豪雨によって水害や土砂災害が引き起こされる。毎年シーズンになれば台風が襲来し,大雨や高潮をもたらす。地震などは二十一世紀に入って以降,日本を震源とするマグニチュード7以上のものだけで実に32回も起こっている。自然災害だけではない。東日本大震災において原子力発電所の事故が起こり,緊急非常事態宣言が発動されたことは記憶に新しいであろう。

このような災害時の非常事態に備えるために,災害対策基本法という法律を中心として数多くの法律や条例が制定され,それに基づき災害予測や対策が取られる。

災害のおそれがある場合に注意喚起をするものとして,気象庁が出す警報がある。たとえば,大雨のときには大雨注意報や大雨警報などの気象警報,地震のときは,緊急地震速報,津波警報などが出される。火山の場合には,それは噴火警報という形になる。生命に危険を及ぼすような噴石や火砕流が届くことが予想される範囲に応じて,段階的になされる。火口周辺のみ危険である場合にはレベル2の火口周辺規制,火口周辺を超えて危険がある場合にはレベル3の入山規制となる。箱根の場合は,現在レベル3である。

また,市町村長などから居住者らに対して避難の勧告や避難の指示が出されることがある。自主的な立ち退きを促す勧告,立退義務のある指示という違いはあるが,両者とも強制されるわけではない。これを超えて立ち入り禁止を強制すべきときは,警戒区域が設定される。無断で立ち入った場合には10万円以下の罰金などが科される場合がある。現在,大涌谷噴煙地から約700メートルの範囲が警戒区域に指定されており,事前届出制となっている。

いたずらに不安になることはないが,正しい知識と知見をもとに適切に対処していく必要があるだろう。(注:情報は執筆時のもの)

執筆者情報

弁護士名 古谷 泰宏
事務所名 丹沢法律事務所
事務所所在地 〒257-0051
神奈川県秦野市今川町2-15リバーサイド小泉203
TEL 0463-74-4130
FAX 0463-74-4131
Email coffee.break.first@gmail.com
25
June
2015

地域に根ざした弁護士に

執筆者 : 小澤 敦史

私は平塚に生まれ,平塚で育ち,そして,現在は平塚にある城田法律事務所にて,日々弁護士業務に取り組んでいます。

「地元平塚で弁護士をやって,地元の困っている人の役に立ちたい」そんな私の夢の半分は実現しましたが,その半分はまだまだ道半ばです。
なんで地元なの?と問われることもよくありますが,その答えを言葉にすることはなかなか難しいです。それでもそれを何とか表現するならば,やはりそれは「地元のことが好きだから」ということになります。

地元のことが好き。その一つの象徴として,私は地元平塚のスタジアムを本拠地とする湘南ベルマーレのサポーターです。湘南ベルマーレは,現在,親会社を持たず,予算規模も小さい中,J1リーグを堂々と闘っており,地域に根ざした市民クラブとして着々と発展しています。
私にとって,そんなベルマーレの試合を観戦することは,日々のストレスを解消し,エネルギーを注入できる極めて重要なイベントです。
最近では,横浜弁護士会(神奈川県の弁護士会です。来年4月からは「神奈川県弁護士会」に改名されます。)の有志の弁護士が集まり,一緒にベルマーレを応援しています。

県西支部長町川智康弁護士はじめ弁護士らで応援している様子です。他のサポーターと何ら変わらず,勝利のダンスを踊っています。

そして,その有志の弁護士らとともに,SDL(Shonan Deffence Lawyers)という団体を結成しました。今までは試合を観戦するだけでしたが,今後は弁護士とベルマーレとが連携をして,ベルマーレとともに,地域を活性化する活動ができないか,新たな試みを模索しています(具体的な活動内容は乞うご期待です)。

SDLのロゴです。地元平塚のデザイナーである栁田浩太さんに制作していただきました。

耳に触りが良いだけで中身が伴っていない地域密着弁護士ではなく,しっかりと地域に根ざした弁護士になれるよう,地域に住み暮らす人たちと真摯に向き合い,日々精進していきたいと思っています。

城田法律事務所は,湘南ベルマーレを応援しています。代表弁護士である城田孝子弁護士と私の似顔絵です。

執筆者情報

弁護士名 小澤 敦史
事務所名 城田法律事務所
事務所所在地 〒254-0807
神奈川県平塚市代官町10-13 ファーストビル代官町4階
TEL 0463-79-6500
FAX 0463-79-6511
1
April
2015

旅のような弁護士人生

執筆者 : 赤沼 洋

子供の時分を振り返ると、学校や塾の先生に「落ち着きがない」と叱られることが多かったのを覚えています。どうにも一つのことに集中できず、いろいろなことに興味が惹かれてしまい、ちょうど空想の世界に耽っているときに先生に当てられて困ったりしていました。

さすがに37まで歳を重ねると、人前で年相応の落ち着きは見せられるようになりました(と自分では信じています)が、「三つ子の 魂百まで」というとおり好奇心が人に比べて過剰なところは変わっていないように思います。

23歳で弁護士となってから、経験のない分野の仕事に携わる機会が目の前にあれば、後先はあまり考えずに飛びつくように努めていました。もともと私が最初に所属した事務所が弁護士が数百人いる大規模な事務所だったこともあり、企業買収、不動産証券化といった大規模な仕事から、変わったところですと、サッカー選手の海外移籍に関する契約や芸能事務所とタレントの間の契約に関する仕事などを担当してきました。また、経済産業省に1年間出向し課長補佐として霞が関で政策立案の作業に携わったり、日本政策投資銀行という政府系金融機関の法務部で働いたりもしました。

そして、10年近くそんな企業相手の仕事をしているうちに、子供のころの夢であったいわゆる「町弁(個人の方の一般的な法律問題に取り組む町の弁護士のこと)」の仕事がしてみたいと思うようになり、現在は、小田原の事務所で、債務整理、離婚、相続、交通事故などの民事事件や刑事・少年事件に追われる日々を過ごしています。

話は変わりますが、私の一番の趣味は旅をすることで、20代までは全国47都道府県を全て回ることを目標として毎年夏と冬に「青春18きっぷ」を使って鈍行列車で日本全国を回っていました。47都道府県を踏破した後は、海外に足を伸ばすようになり、これまで40か国を訪れました。

旅の魅力は数あれど、私が旅に出る最大の理由は、「今まで行ったことのない場所に行きたい。今まで見たことのないものを見たい。」という素朴な好奇心です。思えば、弁護士として未経験の仕事に積極的に飛び込むようにしてきたのも、まさにその素朴な好奇心がその最大の理由です。旅にせよ仕事にせよいろいろなものを見てきて、それが現在の自分の糧となっているか心もとないところですが、自分の人生を振り返ってみて、なかなかできない面白い人生だったなと思います。

私もそろそろ不惑と呼ばれる年齢が近づいてきましたから、落ち着いて集中せねばと思いつつ、一度しかない弁護士人生ですから、これからも未経験の仕事に携われる機会があれば積極的に飛び込んでいこうと思っています。

(写真は、インドとメキシコと小田原での私の写真ですが、こうしてみると私の一番の趣味は旅ではなくてコスプレかもしれません(笑))

執筆者情報

弁護士名 赤沼 洋
事務所名 早雲法律事務所
事務所所在地 〒250-0011
神奈川県小田原市栄町2丁目1番27号山正ビル4階
TEL 0465-44-4777
FAX 0465-44-4466
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